Hiroko’s Diary

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新緑の素敵な1日

Filed under: As a mother — hirokokashiba at 1:55 pm on Wednesday, April 30, 2008

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昨日、河内長野にある瀧谷不動尊に家族でお参りに行ってきました。6月に下の子どもが眼の手術をします。そこで手術の成功と術後の回復をお祈りしてきました。

思ったより早く到着し、新緑に囲まれた境内は清々しく厳かで立派なお寺でした。祈祷をしていただいた後、近くの川でドジョウを流しました。これは自分の病んでいる部分を流す、という意味が込められています。家族4人で1匹ずつ流しました。

その後、近くの錦織公園というところに行きました。

山一つが公園になったような広い敷地の中に、色んな広場がありました。その中に遊具を置いた子供たち用の一角があり、その遊具の多さといったら、あんなにたくさんあるのは初めて見ました。ちょっとしたアスレチックのようなものもあり、滑り台だけでも大小7~8個はありました。

子どもたちはそこに到着するなり延々と遊び続けました。今日はいいお天気だったので私も一緒に滑り台を何回上り、降りしたことか。童心に帰ってとっても楽しかった~^^

広い公園で起伏も激しいので軽い山登り感覚でした。新緑の香りと鶯のさえずりを堪能しながらのwalkingはとっても気持ちが良かったです。

気持のいい季節って本当に短いですよね。今日は貴重な1日でした。

「怒りの葡萄」

Filed under: As a mother — hirokokashiba at 1:34 pm on Monday, April 28, 2008

ブログにも書きましたが「怒りの葡萄」を読み始めています。まだ半分も読んでいませんがすっかり、その内容に引き込まれています。私が長年求めていた答えがすべて入っているような予感!

私が追い求めていた疑問それは、

どうして子供たちを取り巻く環境がこれほど悪くなったの?家族の絆が薄れてきたのはどうして?

このことはずっと私自身、気になりながらどうしていいかわからず悶々としていました。

話は少しそれますが、3年ほど前から近くの教会に通っています。そこで週に1回、英会話を教えてもらっています。英会話とは別に月に1度、礼拝に出席することが求められています。自分は仏教徒なので最初はかなり心の葛藤もあり、自分から進んで礼拝に出るようになったのは去年の秋ぐらいからです。

毎回礼拝に出席する度に、キリストの教えを少しずつ理解するようになりました。不思議なことにそこにいるだけでとても心が穏やかになっていきました。日頃の自分を振り返り、周りの人たちとの関係を見つめなおすようになり、頑固な私の考えも少しずつ変化していきました。

「三つ子の魂、百まで」とはよく言ったもので、人格の基礎はそれまでに形成されています。ましてや私のような歳になると凝り固まった自分の価値観をかえることはそんなにたやすいものではありません。

でも、教会にいくとなぜかいろんなことが客観的に見えるようになったのです。もちろん、その時にどんなに反省しても家に帰ってくると同じ事を繰り返してしまうことも多いです。でも少しずつそれではいけない、と気づき良い方向へ持っていこうと努力するようになったように思います。

当り前のことですが自分が変わると周囲も変わります。自分がにこにこしていると周りも明るくなります。

話をもとに戻して、

何故、子供たちが抱える問題が増えたのか?

それは、子供たちを育てる親がストレスを抱えることが多くなったから。そして、人間を支える家族という土台が揺れてきたから。どうして?

以前、礼拝の中で牧師さんが「家族というものは人間にとって、いちばん基礎となる土台で大切なものなのですが、家族というものほどその土台が揺るぎやすいものはない」 

と、おっしゃっていました。なぜなら、人は外に出ると身構えて自制心を働かせますが家にいるとついつい甘えから自分の本性を出してしまいます。それは時には、周りの人を傷つけてしまうこともあります。

これを聞いて、全くその通りだなあと思いました。でもそれと同時に

これは人類の歴史始ってから普遍にいえることだよなあ、そしたらどうして、最近になって家族がかかわる殺傷事件がこれほど多くなったの?

様々な理由があると思いますが、その中の一つとして

人間が生まれてから死ぬまでの過程を私たち各々が見ることが少なくなったことが挙げられるのではないでしょうか? 

戦後生まれの私の両親の時代と比べ、私たち親世代(30代・40代)は裕福に育ちました。物が周りに溢れていて簡単に手に入れられる。それから、核家族化が進み「3世代同居」が少なくなってきました。一言でいえば、我慢せず自分のしたいことを優先するようになってきた。

もちろん、これは私も含めてのことです。ただ、私は田舎で育ったので自分の親せきとの付き合いは多いほうだったと思います。祖父母は同居ではありませんでしたが、両親と祖父母で小さなタオル工場を経営していたため毎日顔は見ていました。

母方の祖父母も家が近かったのでよく一緒に旅行に行ったりと仲は良いほうでした。その祖父が今、入院しています。ブログにも書きましたが容体はかなり悪いです。いつ、神様のもとに行ってもおかしくない状態です。

私は、人が亡くなる過程というものをこれまで見たことがなく病院を訪れた時はかなりショックでした。声もかけられずそんな自分が情けなくて、それから2,3日は私を悩まし続けました。しかし、それを見たからこそ人の命の尊さ、重さを再確認しました。苦しまずにあの世に行けるに越したことはありませんがそうとばかりもいきません。

自分が子供を持って初めて得た生命が生まれる瞬間の感動、そして祖父を前に衰えていく人間の肉体、その両者とも私たちは真摯に受け止めなければならないと思います。

もし、自分のおじいちゃんやおばあちゃんが近くに居て、一方で赤ちゃんがいるという環境で育ちお互いに協力し合って生活していれば凶悪な事件は起こりにくいのではないでしょうか?

私自身、毎日反省することも多いですがせめて自分の子供たちには命の大切さを伝える責任があるのです。そして、苦しんでいる人がいたら手を差し伸べてあげられるような大人に成長してほしいと思います。

「怒りの葡萄」の中では様々な人間の弱さ・悩み・苦しみ・明るさ・強さが描かれています。誰だって悩みはあるけれどそこから学びとることはたくさんあります。人は苦労が多ければ多いほどそれだけ成長するものではないでしょうか?

「苦労は買ってでもしろ!」私の母もよく言ったものです。

本:Books

Filed under: General — hirokokashiba at 8:54 am on Friday, April 25, 2008

私がまだ主人と結婚する前、おつきあいしてそれほど時間が経ってない頃、私の大好きな本を彼にプレゼントしたことあがあります。

Before I got married with my husband,  a short time later we started to go out,  I presented him a book I loved.

その本とは“The Remains of the Day”(邦題は「日の名残り」)、在英日本人のKazuo ISHIGURO氏の著書です。

It’s “Remains of the Day” by Kazuo Ishiguro who is a Japanese living in England.

なぜその本を買ったのか、今となっては忘れてしまいましたが、多分英文学を勉強していた私にうったえる論評が裏表紙に紹介されていたのだと思います。

I don’t remember why I picked up the book among many other books written in English.  Probably, some comments expressed at the back page of the book appealed to me since I studied English literature at university.

主人も私と同じ大学の英文科で、16・7世紀の詩文学を勉強していました。それで、きっと主人も気に入るに違いないと思いプレゼントに選びました。その当時は私も純粋?だったので、2人で同じ本を持つということに喜びを感じていたんだと思います。

My husband also majored in English literature, especially 16th and 17th century English poetry at the same university as I went to.   Then I thought that he would surely love the book.   As I was very naive at that time, I was pleased to present it that I also had the same one.

ところが、結婚してからしばらくしてその本を見つけたときに「この本どうやった?」と聞いたところ、主人がしどろもどろになりながら話をそらしたので、そうかっ、読んでなかたんだあ、とがっくりきたことがあります。

Time passed and when I found the book at a shelf after getting maried, I asked him about the book.  “How did you like the book?”  He seemed to be hesitated and changed the subject.   I found that he hadn’t read it and felt a little bit dissapointed.

まあ、でもよく考えると本は好みがあるので好きじゃないのは私ももらっても全然読まないし・・・仕方がないですよね。

But regarding books like anything else,  there is no book that everyone loves.   It’s difficult to finish reading  even those books that I borrwed at a library, if I find them boring in the middle of reading.

デパートでお買い物:Shopping at a department store

Filed under: General — hirokokashiba at 3:02 pm on Wednesday, April 23, 2008

今日は子供が幼稚園に行っている間にデパートに行って洋服を買ってきました。

I went to a department store to buy clothes for me while my son was at kindergarten.

前から欲しかった長袖の白シャツと、何とワンピースを買ってしまいました。

I bought a white shirt and surprisingly, I got a one-piece dress.

ワンピースなんてよく考えてみると前買ったのは10年以上昔!

Looking back, last time I bought a one-piece was more than ten years ago.  Wow!

これを着て海外でバカンス!なんて夢みたいなことを考えながら足取りも軽く紀伊国屋へ。

Dreaming that I spend a vacance wearng this in a foreign country, I went to Kinokuniya book store.

月に1度友達と英語の勉強会をしていて次回の課題がジョン・スタインベックの「怒りの葡萄」なのでそれを買いました。

I participate in an English studying group once a month and next assignment is “The Grapes of Wrath” by John Steinbeck, famous American writer.  So, I bought a book in Japanese translation.

文学作品は英語が難しく1ページを読むのにかなりの時間を費やします。

English in literature is very difficult and it took me a long time to read just only 1 page.

でも、普段使われている英語ではなく聞いていてそして読んで耳に、心に気持ちが良い、という点から私は文学作品が大好きです。

However, I like literature a lot because those English provide me with a great feeling to both my ears and my heart.

今日買った本は、最初に日本語訳を読んでしまうと勉強にならないので、課題となっている箇所以外から読み始めようと思います。

I’ll read the book skipping the part of the assignment because it doesn’t mean anything if I read the part in Japanese first before reading it in English.

今日は天気もよく素敵な午前を過ごすことができ、感謝です。

The weather was fine and I was able to spend a precious time in the morning.  I really thank God and everyone around me.

英検クラス無事終了:I’ve completed all lessons in Eiken Course

Filed under: As an English teacher — hirokokashiba at 3:24 pm on Tuesday, April 22, 2008

昨日で全9回の英検1級対策クラスが終了しました。

I’d done with all the classes for the Eiken course I took yesterday. 

まず一言、受講して本当によかったです。

I’m really satisfied with all the lessons and I can feel confident that I was able to complete.

何が一番良かったか?

What was the most appreciate thing in the course?

たくさんありますが一番良かったのは毎日日本語と英語の新聞を読むようになったおかげで視野が広がったこと!そんなこと今までしてなかったの?と突っ込まれそうですが、してなかったんです。

It’s that I got into the habit of reading a newspaper both in Japanese and English.   To my shame I must confess that before taking the course, I didn’t even read a newspaper everyday.    Needless to say, by reading newspaper, I’ve got to know a lot of things happening all over the world.

英検1級の試験となると英語の実力はもとより、国内・世界情勢に精通している必要がありエッセイの中ではある一つの事象について賛成または反対の立場で自分の意見を述べていかなければいけません。

Speaking of the first grade of Eiken, sufficient English proficiency is not enough.  You need to know what’s happening all over the world.  In an essay, you have to write about one topic offered and you need to exemplify your thought, whether you agree with it or not, and  the reason you think so is also required.

私が悪戦苦闘しているのはこのエッセイですが、これまで自分の頭の中であいまいだったこと、たとえば地球温暖化対策として私個人として何ができるか?というようなことが文章にすることによって実際の生活にもかなりの影響を与えることがわかりました。

As I wrote here before, I’ve been struggling with writing an essay.  But something in my mind that has been vague have been clarified by writing an essay.  For example, I’d been thinking what I could do to prevent environmental deteriolation, but I didn’t find the concrete idea.  However, by writing an essay about global warming, I was able to find what I can do.

ブログを書くのとは違い論理立てて誰が読んでも納得できる文章を書くためにはかなりの訓練が要ります。まあ、もともとできる人はともかく、私の場合はとっても時間がかかります。でも、それをする過程が楽しくなってきました。

Different from writing a blog, when you are required to write a logical essay that makes everyone consent, you need enough knowledge.   At least in my case, a lot of time is needed.  But gradually, I’ve come to feel challenging to write an essay.

  

留学生たちと料理教室!

Filed under: Mothers' Power-up Group — hirokokashiba at 9:30 pm on Sunday, April 20, 2008

昨日、お母さんパワーアップ塾主宰の料理教室を開催しました。今回はパキスタンからの留学生にカレーとチャパティの作り方を教えてもらいました。参加者は私たちメンバーとその子供たち、それと台湾、香港、タイからの留学生5人。そして今回、料理を教えてもらったパキスタン人2名(兄弟)でした。

今回参加したメンバーは誰もパキスタンのカレーを食べたことがないので、始まる前からわくわく、どれくらい辛いの?インドのカレーと違うの?など興味津々の中クッキングが開始しました。チャパティとナンの違いがわからなかったので質問してみたら、彼曰く「使う材料は一緒でフライパンで簡単に作るのがチャパティで専用の窯(よくテレビに出てくる)の中にはりつけて作るのがナン」とのこと。

今回チャパティ用に用意したのは全粒粉と強力粉を1袋ずつ、塩、水。それだけなんです。それらを本当に目分量でボールに少しずつ入れていき混ぜ合わせながら、パンだねよりもう少し水分が多めぐらいになってまとまればそのまま30分以上寝かせます。イーストも入れないでこのままでおいしくなるの?と思いながら次にカレー作りにうつりました。

カレーの材料は鶏肉、玉ねぎ、生姜、にんにく、トマト、ヨーグルト、サラダオイル、カレーパウダー、チリパウダーです。パキスタンはイスラム教なので鶏肉はきちんと血抜きをして、聖職者にお祓いをしてもらったものです。せっかく名前を教えてもらったのに・・・すっかり忘れてしまいました。

最初に玉ねぎと生姜、にんにくをみじん切りにしてたっぷりのオイルで炒めました。ここでびっくりしたのがオイルの量!15人分のカレーの量でオイルがカップ2杯程。この後でこれもまたたっぷりの鶏肉をぶつ切りにして入れ20分程炒めます。最後にトマトとヨーグルト、カレーパウダー、チリパウダーを入れてさらに煮込みました。

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その間に寝かしていたチャパティの種を適当な大きさに分けてピザのように伸ばしていき、フライパンで焼きました。

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これで出来上がりです。

食べてみて、感激!おいしかったこと、おいしかったこと。辛いとおもっていたのに甘味があってピリ辛でとってもおいしかったです。それとチャパティも粉と塩だけでこんなにおいしくなるの!というぐらい大満足でした。どちらも簡単で家でもできそうなので今度作ってみます。

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英検1級、高い高い壁!:A Long and Winding Road toward the 1st Grade of Eiken

Filed under: General — hirokokashiba at 1:37 pm on Thursday, April 17, 2008

以前ブログに「英検1級を今年の目標に!」と書きましたが、その難しさをしみじみと実感している今日この頃です。

I posted in this blog before that I set a goal to pass the 1st grade of English proficiency test called “Eiken”, but I’ve come to notice the difficulty or rather I should prolong the preparation period.

英検1級対策講座も後1回を残すのみとなりました。今回受講して一番良かったことは自分の足りない部分がはっきりとわかり今後の対策が具体化したことです。

There is only one more lesson left in Eiken course.   The very thing that I feel most appreciate is that I found my weekpoint.   Consequently, I’ve come to perceive how to achieve the goal.

ボキャブラリーももちろんまだまだ足りないのですが、それ以上に大きな問題が・・・

I need to improve my vocaulary but moreover there is a big problem about my English.

それは「エッセイ」です。いかに理論的に説得力のある文章を書き、それをスピーチできるか!

That’s writing a theoretically persuasive essay.   Not only writing, a speech is required in the second stage of the test.

日本人は自分の考えを筋道立てて話すことが苦手だと言われていますが私も例外ではありません。

It is often said that Japanese people are not good arguing and I’m not  an exception.

今回の英検対策講座でも毎回エッセイの宿題があるのですがなかなか満足する文章が書けません。背景知識も不十分な上に、それを力強い説得力のある文章にするのは私にとっては至難の業です。

Writing an essay per week is one of the assignments in the Eiken course, and I make every effort to accomplish it.  But everytime I end up writing an insufficient one.  

というわけで、英検1級取得は私の今年の目標ではなく生涯の目標のうちの1つにしたいと思います。

For this reason, I changed my mind.   ”I set a goal to pass the test not this year, but in my life.”

ジャズチャンツ指導者資格を無事取得!:I Got a Certificate from Jazz Chants Union!

Filed under: As an English teacher — hirokokashiba at 11:36 am on Wednesday, April 16, 2008

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4月13日(日)にジャズチャンツセミナーがありました。そこで無事「ジャズチャンツ指導者養成講座」の修了証書をいただきました。

I participated in the Jazz Chants Seminar on 13th of Apr., and I received a certificate that shows I completed required units.

証書にはジャズチャンツユニオンのチェアーでいらっしゃる生駒先生とジャズチャンツの創始者、キャロリン・グレアム先生のサインがあり、生駒先生から手渡しでいただいた時は感動と同時にこれからこの証書に恥じないようにジャズチャンツを多くの人に伝えていきたい、いかなければという使命感がわいてきました。

There were signitures by Ikoma-sensei, a chairperson of Jazz Chants Union, and Carolyn Graham, who invented Jazz Chants.   When I received the certificate from Ikoma-sensei, I was moved and at the same time I felt I wanted and had to convey the method of Jazz Chants to as many as Japanese people.

ジャズチャンツに出会ってまだ1年半しか経っていないので、正直まだまだ奥が深く勉強していかなければいけないことがたくさんあります。セミナーはこれからも続けて参加するつもりです。

The first time I encountered with Jazz Chants was about 1 and a half years ago.  There are so many things that I need to study more, therefore I will continue to participate in Jazz Chants seminars.

ポカポカ陽気に誘われて:

Filed under: As a mother — hirokokashiba at 7:42 pm on Tuesday, March 25, 2008

今日はレッスンの後、ぽかぽか陽気に誘われて近くの公園にお弁当を持って遊びに行きました。

Today I went to a park near my house with my children, my students and their mother after English lesson.   We took lunch there.  It was a beautiful day.

下の子が2,3日前に自転車に乗れるようになりました。まだまだ危なっかしくて見ていて冷や冷やするものの、本人はとっても楽しそう。

My son was able to ride a bicycle for the first time a few days ago.  He seems to be very happy riding on it, though I feel uneasy watchig him. 

今日の公園はたくさんの人でにぎわっていました。

There were a lot of people at the park.

ご飯の後、子どもたちは楽しそうに遊び続けていました。私も久しぶりに「かくれんぼ」を一緒にしてとっても楽しかったです。

After lunch, our children played a lot and I joined them doing “hide and seek”.   I also had a joyful time.

いつも公園にいくと幸せをかみしめずにはいられません。

Whenevrer I go to a park, I can’t help appreciating the happiness that I have.

公園に来ていた小さい子供たちとそのお母さんたちを見て、あの頃の私は子育てに毎日必死で大変なことも多かったなあと懐かしく思い出したりしていました。でも振り返ってみるとあっという間で、今となれば子供たちにあまり早く大きくならないで!と心の中で言っています。

Looking at small kids and their mothers, I recalled those days I was strrugling for raising my children.  But looking back, it is now a warmhearted memory and I always say to my children in my mind “Don’t grow up so quickly!”.

4月から上の子供は2年生、下の子は年中さんに進級します。

My daughter will be in the 2nd grade and my son be the second year at kindergarten.

生きることそして死ぬこと:To Live And To Die

Filed under: General — hirokokashiba at 7:15 pm on Sunday, March 23, 2008

今週の水曜日と木曜日、実家に子供と一緒に帰ってきました。

I went back to my hometown with my children on Thursday this week.  I stayed one night.

私の祖父が長く入院していて容体が悪くなったという知らせを聞いて病院に行ってきました。

My grandfather has been in the hospital for a long time.   On Monday  my mother called me to inform that his condition got worse.   So I went to the hospital to see him.

田舎の病院は決してきれいでもなく、部屋も限られたスペースの中で5人の患者が押し込まれていました。

The hospital in the countryside is far from comfortable and he was one of the 5 patients in a very small room.

最初はどの人がおじいちゃんか全くわかりませんでした。

At first, I didn’t recognize which person was my grandfather.

母に教えられておじいちゃんだとわかったとたん、涙が溢れてきて声をかけることもできませんでした。

As soon as I recognized him after my mother pointing to him, I couldn’t stop crying and couldn’t say any words to him.

口には大きなチューブがはめられ元気だったころのおじいちゃんの面影は全くありませんでした。

A big tube was put into his mouth.  The person in the bed was completely different from the image of my grandfather who was always vigorous.

同室の他の4人の患者さんもほぼ同じような状態でした。

The other four patients’ condition were almost the same as my grandfather’s.

私はその光景を見るのが辛く、涙が後から後からあふれてきて人は簡単には死ぬことができないんだなあと実感しました。

It was painful for me to see those people and tears continuously ran down on my cheek.   I couldn’t help thinking human beings can not die easily. 

人は生まれた時は周囲の人に祝福され、おむつも喜んで替えてもらえるのに年老いて同じようにおむつを替えてもらわなければならなくなると、疎んじられることが多いですよね。

When we are born, we are celebrated and are exchanged a diaper with pleasure, however when we get old and can not move by ourselves, people around us feel unwilling to change a diaper.

それを考えると切なくて、吹田に帰ってきてからも私を悩まし続けています。生きることも死ぬことも決して楽なことではない、ということをあらためて考えさせられました。

Thinking that keeps me obsessed with the heartrending sorrow.   Both to live and to die are not easy things.

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