ブログにも書きましたが「怒りの葡萄」を読み始めています。まだ半分も読んでいませんがすっかり、その内容に引き込まれています。私が長年求めていた答えがすべて入っているような予感!
私が追い求めていた疑問それは、
どうして子供たちを取り巻く環境がこれほど悪くなったの?家族の絆が薄れてきたのはどうして?
このことはずっと私自身、気になりながらどうしていいかわからず悶々としていました。
話は少しそれますが、3年ほど前から近くの教会に通っています。そこで週に1回、英会話を教えてもらっています。英会話とは別に月に1度、礼拝に出席することが求められています。自分は仏教徒なので最初はかなり心の葛藤もあり、自分から進んで礼拝に出るようになったのは去年の秋ぐらいからです。
毎回礼拝に出席する度に、キリストの教えを少しずつ理解するようになりました。不思議なことにそこにいるだけでとても心が穏やかになっていきました。日頃の自分を振り返り、周りの人たちとの関係を見つめなおすようになり、頑固な私の考えも少しずつ変化していきました。
「三つ子の魂、百まで」とはよく言ったもので、人格の基礎はそれまでに形成されています。ましてや私のような歳になると凝り固まった自分の価値観をかえることはそんなにたやすいものではありません。
でも、教会にいくとなぜかいろんなことが客観的に見えるようになったのです。もちろん、その時にどんなに反省しても家に帰ってくると同じ事を繰り返してしまうことも多いです。でも少しずつそれではいけない、と気づき良い方向へ持っていこうと努力するようになったように思います。
当り前のことですが自分が変わると周囲も変わります。自分がにこにこしていると周りも明るくなります。
話をもとに戻して、
何故、子供たちが抱える問題が増えたのか?
それは、子供たちを育てる親がストレスを抱えることが多くなったから。そして、人間を支える家族という土台が揺れてきたから。どうして?
以前、礼拝の中で牧師さんが「家族というものは人間にとって、いちばん基礎となる土台で大切なものなのですが、家族というものほどその土台が揺るぎやすいものはない」
と、おっしゃっていました。なぜなら、人は外に出ると身構えて自制心を働かせますが家にいるとついつい甘えから自分の本性を出してしまいます。それは時には、周りの人を傷つけてしまうこともあります。
これを聞いて、全くその通りだなあと思いました。でもそれと同時に
これは人類の歴史始ってから普遍にいえることだよなあ、そしたらどうして、最近になって家族がかかわる殺傷事件がこれほど多くなったの?
様々な理由があると思いますが、その中の一つとして
人間が生まれてから死ぬまでの過程を私たち各々が見ることが少なくなったことが挙げられるのではないでしょうか?
戦後生まれの私の両親の時代と比べ、私たち親世代(30代・40代)は裕福に育ちました。物が周りに溢れていて簡単に手に入れられる。それから、核家族化が進み「3世代同居」が少なくなってきました。一言でいえば、我慢せず自分のしたいことを優先するようになってきた。
もちろん、これは私も含めてのことです。ただ、私は田舎で育ったので自分の親せきとの付き合いは多いほうだったと思います。祖父母は同居ではありませんでしたが、両親と祖父母で小さなタオル工場を経営していたため毎日顔は見ていました。
母方の祖父母も家が近かったのでよく一緒に旅行に行ったりと仲は良いほうでした。その祖父が今、入院しています。ブログにも書きましたが容体はかなり悪いです。いつ、神様のもとに行ってもおかしくない状態です。
私は、人が亡くなる過程というものをこれまで見たことがなく病院を訪れた時はかなりショックでした。声もかけられずそんな自分が情けなくて、それから2,3日は私を悩まし続けました。しかし、それを見たからこそ人の命の尊さ、重さを再確認しました。苦しまずにあの世に行けるに越したことはありませんがそうとばかりもいきません。
自分が子供を持って初めて得た生命が生まれる瞬間の感動、そして祖父を前に衰えていく人間の肉体、その両者とも私たちは真摯に受け止めなければならないと思います。
もし、自分のおじいちゃんやおばあちゃんが近くに居て、一方で赤ちゃんがいるという環境で育ちお互いに協力し合って生活していれば凶悪な事件は起こりにくいのではないでしょうか?
私自身、毎日反省することも多いですがせめて自分の子供たちには命の大切さを伝える責任があるのです。そして、苦しんでいる人がいたら手を差し伸べてあげられるような大人に成長してほしいと思います。
「怒りの葡萄」の中では様々な人間の弱さ・悩み・苦しみ・明るさ・強さが描かれています。誰だって悩みはあるけれどそこから学びとることはたくさんあります。人は苦労が多ければ多いほどそれだけ成長するものではないでしょうか?
「苦労は買ってでもしろ!」私の母もよく言ったものです。